Netflixで配信中の韓国ドラマ『愛の不時着』が、日本でも空前の大ヒットを記録している。
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パラグライダーの事故で北朝鮮に不時着した韓国の財閥令嬢を、北朝鮮のエリート軍人が匿っているうちに恋に落ちる、というのがこのドラマの大まかなストーリー。韓国ではこの“非現実的な設定”が話題を呼び、放送前から賛否両論が展開されたものだ。
38度線で分断された朝鮮半島において、韓国と北朝鮮の在住者は原則として会うことができない。だからこそ「ロミオとジュリエット」のような“禁断の恋物語”としてドラマチックに展開しやすいのも事実だ。
実際に、韓国の数多い映像作品が38度線を超えた恋を描いている。2000年に日本公開された映画『シュリ』、ドラマ『キング ~Two Hearts』『IRIS -アイリス-』などが代表的だろう。
ところが、『愛の不時着』はそれらの作品と一線を画す特徴がある。それは、実際に起きた事件をモチーフにしていることだ。
2008年9月、韓国のある女優が仁川(インチョン)の海でプレジャーボートを楽しんでいたところ、気象悪化によってNLL(北方限界線)を越えてしまう事件があった。
彼女は2時間ほど海を漂流しながら北朝鮮の住民らと会話を交わしたり、武装した北朝鮮の警備艦に追撃されたりしたという。韓国海軍によって無事に救助されたが、越北(韓国人が自ら北朝鮮に渡ること)が疑われて警察および関係各所による合同調査組の調査を受けた事件だった。
その女優はチョン・ヤンさん。2000年のコメディドラマ『俺たち三人組』でデビューし、映画『春香秘伝 The Servant』に出演した。2002年から健康上の理由で芸能活動を休止したが、2009にドラマ『チョン・ヤギョン 李氏朝鮮王朝の事件簿』で活動を再開。2012年に結婚し、現在は3児の母となった。
『愛の不時着』の脚本を手掛けたパク・ジウン脚本家は当時、このニュースに触れて「ドラマ化すれば面白そう」と思ったという。
それから海難事故で越北・越南した実在の事件を調べながら「北朝鮮に行った財閥」という仮題でシノプシスを作成し、何度も打ち合わせを重ねた。
ただ、企画を温めるうちに映画『踊るJSA』(2003年作)のような船で越北・越南する作品が登場してしまう。そこでパク・ジウン脚本家は船ではなく、ヘリや軽飛行機、パラグライダーのような機体での越北に変更。中でもパラグライダーはレーダーに探知されないことや、北朝鮮の特殊部隊がパラグライダーを利用して米韓連合司令部浸透訓練を行った事実を知る。
海外ではパラグライダーの事故で国境を超えたり、台風の目から生き延びて60km離れたところに不時着したりする事件もあった。
また、2011年には韓国・慶尚南道(キョンサンナムド)の咸安(ハマン)でパラグライダーに乗っていた男性が、下降気流によって約30km離れた昌原(チャンウォン)刑務所のグラウンドに不時着するハプニングも起きている。
これで、全く現実離れとはならない設定という自信を得ることになった。
2019年12月、ついに世に送り出された『愛の不時着』第1話で、パラグライダディング中のユン・セリ(演者ソン・イェジン)が突然の竜巻に巻き込まれて北朝鮮に不時着するシーンは、実にさまざまな実際の事件から着想を得て誕生したものだ。
このシーンこそ『愛の不時着』の始まりで、他の作品との決定的な違いとなり、視聴者の心を一気につかんだと言っても過言ではない。
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