2011年1月、彼は少年サッカー監督の紹介でスペインに渡り、多くのクラブで入団テストを受けた。その後、イ・ガンインに大きな関心を寄せたバレンシアから合格通知を受けて、2011年7月にバレンシアユースチームに入団することになる。
バレンシア入団が正式に知られると、誰もがイ・ガンインの歩みに注目した。そしてイ・ガンインは自分の評判を実力で堂々と証明した。入団直後に開かれた「トレント大会」「マジョルカ国際サッカー大会」など出場してMVPに選ばれ、2013年には「BLUE BBVA」大会で得点王と同時に、ベスト7に名前を連ねた。バレンシアとしては、貴重な人材が転がってきたわけだ。
ピッチで躍動するイ・ガンインを他クラブが見逃すわけがなかった。バルセロナ、マンチェスター・ユナイテッド、バイエルン・ミュンヘンなど有名なビッグクラブがイ・ガンインにラブコールを送った。しかしバレンシアは、イ・ガンインの家族がスペインで使う生活費を全額支援すると約束し、2013年に再契約の締結に成功した。
イ・ガンインは、そんなクラブの信頼に応えた。2015年に出場した「roquetas de mar大会」ではバレンシアを優勝に導き、翌2016年にはバレンシア州の16歳代表チームに選ばれ、スペインの全国大会でバレンシアを準優勝に導いた。
華麗な少年時代を終えたイ・ガンインに対して、バレンシアは再び手を差し伸べた。満17歳でイ・ガンインは、バレンシアと2022年夏まで再契約を結んだ。イ・ガンインはバレンシアCF・メスタージャに招集され、交代メンバーに名前を上げるなど、本格的なプロデビューに拍車をかけた。再契約直後に行われた国王杯準々決勝では、逆転勝利の主役となり、華やかなデビューを飾った。
そして2019年1月、イ・ガンインはバレンシアのトップチームに正式に名を連ねた。バイアウト価格は8000万ユーロ(約100億円)。簡単にいえば、複雑な交渉や条件なしにイ・ガンインを連れていくためには、100億円近いお金を支払わなければならないという意味だ。
1軍デビュー後は、イ・ガンインにも若干の暗黒期が訪れた。スタメンどころか、交代メンバーにも入れなかった。圧倒的な才能を持ってしてもベンチに入れないイ・ガンインを見ることになった韓国ファンだったが、待つ時間は少しだった。
イ・ガンインはU-20韓国代表チョン・ジョンヨン監督の要請を受けて、生涯初のワールドカップに出場するため、韓国行きの飛行機に乗った。「誰よりもガンインを求めた」。チョン・ジョンヨン監督は、イ・ガンインの代表招集を一言でまとめた。奇跡はこうして始まった。
「僕たちも優勝することができる」