“兵役逃れ”で物議のフランス2部の韓国人選手、父親が「36歳までに必ず入隊する」と釈明

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“兵役逃れ”のリストに含まれたソク・ヒョンジュン(29、トロワ)について父親のソク・ジョンオ氏が口を開いた。

ソク・ジョンオ氏は2月16日、京畿道(キョンギド)龍仁(ヨンイン)市の自宅近くで『聯合ニュース』の取材に応じた。

同氏は「息子は36歳までに兵役義務を遂行する」とし、「ヒョンジュンはユ・スンジュンのようになるつもりはまったくない。兵役を果たし、堂々と韓国で暮らそうとしている」と伝えた。

ソク・ヒョンジュンは、韓国が銅メダルを獲得した2012年ロンドン五輪、金メダルを獲得した2014年仁川・アジア大会のいずれもメンバーに選出されず、兵役免除の特例を得る機会を逃した。

2016年リオ五輪ではメンバーに選ばれたものの、チームが決勝トーナメント準々決勝敗退に終わったことで、兵役免除の対象となるメダル獲得に届かなかった。

ソク・ヒョンジュン

そのため、ソク・ヒョンジュンは2018シーズン前までに韓国国内のプロクラブに入団していれば、尚武(サンム)など軍隊チームでプレーし、兵役義務を果たすことができた。しかし、彼は欧州で選手生活を続けた結果、兵務庁の兵役忌避者名簿に入り、兵務庁を相手取って起こした行政訴訟1審でも敗訴した。

「私が欲張ったばかりに…」

ソク・ジョンオ氏は兵務庁相手の行政訴訟について「控訴しない」と、控訴を放棄する意向を明らかにした。

また、「トロワとの契約はまだ2年残っている。この契約が終わった後、できるだけヒョンジュンが国内に戻ってくるようにするつもりだ。36歳まで軍隊に入れると聞いている。ヒョンジュンは遅くても36歳までに韓国に戻り、軍隊に入る」と述べた。

続けて、ソク・ヒョンジュンが適切な時期に兵役義務を果たさなかったことに対しては、「私の欲のせいでこうなった」と頭を下げた。

ソク・ジョンオ氏は去る2016年1月、息子がポルトガル1部のヴィトーリア・セトゥーバル(現3部)から同国のポルトに移籍し、当時2020年まで長期契約を結んだことについても言及。「兵役と関連した問題を必ず解決するというエージェントの言葉だけを信じて、我々は契約を結んだ。しかし、約束はきちんと守られなかった」と釈明した。

同氏は「私が欲張ったばかりに判断が曇った」と自身に責任があると述べ、次のように続けた。

「当時のソク・ヒョンジュンは選手としてピークを迎えていた。イングランドやイタリアの名門クラブからオファーが来るほどだった」

「ヒョンジュンは兵役を履行しなければならないのに、このような(長期)契約をしても良いのか不安そうだった。そこで、私が“お父さんを信じてやってみよう”と言ったばかりに、契約することになった。ヒョンジュンがまだ世界をよく知らなかったときだ」

ソク・ジョンオ氏は、息子が尚武入隊など合法的に兵役問題を解決しようと努力した過程について長く説明しながらも、そのすべてが“言い訳”に過ぎない点も認めた。

ソク・ジョンオ氏は「もし滞在問題によって欧州諸国の市民権を取得できたとしても、36歳になる前に必ず韓国に戻り、兵役を履行する。信じてほしい。我々はユ・スンジュンのようになる気はまったくない。昨日ヒョンジュンと電話したが、“韓国に帰って兵役を履行し、堂々と暮らす”と言っていた」とし、「遅ればせながら、必ず兵役を履行する。約束する」と繰り返し強調した。

“消えたK-POPスター”ユ・スンジュンとは

ソク・ジョンオ氏の話の中で出てきた“ユ・スンジュン”とは、1990年代に韓国で絶大な人気を誇ったK-POPスターで、これまで数多くのヒット曲を生み出してきたダンス歌手だ。

ただ、ユ・スンジュンは2002年1月に韓国籍を放棄し、アメリカの市民権を取得。これによって兵役逃れの疑惑が浮上し、関連当局がユ・スンジュンの韓国入国を制限した。

ユ・スンジュンは2015年から韓国の裁判所に在外同胞ビザでの入国許可を要請し、2020年3月に勝訴した。だが、韓国外交部は「大韓民国の安全保障と秩序維持、公共福利を阻害する可能性がある」という“在外同胞法”を根拠に、同年7月にユ・スンジュンのビザ発給を拒否している。

ユ・スンジュン

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