平昌五輪での韓国パシュート“イジメ走行”を当時の監督が語る「選手とは争えなかった」【一問一答】

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「当時の雰囲気があまりに怖かった。何を言っても聞こうとしなかった。でも、今ならもう言える。氷上を去ったのだから…」

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2018年平昌冬季五輪で韓国女子団体パシュートを率いたペク・チョルギ前監督が、大会当時に波紋を呼んだ“イジメ走行”について口を開いた。

ペク・チョルギ前監督

ペク氏は1月20日、本紙『スポーツソウル』との電話インタビューを通じ、「ニュースを見て、ボルムがソンヨンを相手に民事訴訟を起こした事実を知った。キム・ボルムがかなり苦労していたのは事実だ。その部分について相談もした。キム・ボルムとノ・ソンヨンどちらにも面談した」と語った。

また、「女子選手は宿舎が離れているため長くは一緒に生活できなかったが、ノ・ソンヨンが主将の役割をしていたため、下の女子選手は彼女の言葉に従わざるを得なかった」と打ち明けた。

「選手と攻防をするわけにはいかなかった」

以下、ペク氏との一問一答。

―平昌冬季五輪当時、何があったのかを教えてほしい。

成績を残さなければならなかったから、特別にトレーニングする必要があった。全体的な練習を行いながらも、選手個々人の特性に合った練習が必要だった。だから、キム・ボルムの外部練習を認めたのだ。

ノ・ソンヨンの立場としては差別と考えられるだろうが、私が必要だと考えてそうした。私はオリンピック終了後、イジメ問題で大変な衝撃を受け、スケートリンクを完全に離れた。今は新聞記事を読んで消息を知っている。

―あの当時、なぜ積極的に釈明しなかったのか。

選手たちと真実の攻防をするわけにはいかなかった。全員が私の娘のような存在なのに。3人の選手はいずれも韓国体育大学出身だったし、誰かの肩を持っているわけではない。選手全体の雰囲気を見ると、ノ・ソンヨンの“仲間外れ”にされていたのではなく、キム・ボルムが苦労していたのが事実だ。

―パシュートは選手たちがお互いに速度調節をしながら信号を送るものと聞いている。“速くいけ”という場合は後を追う選手が前の選手に手を出して意思を示し、速すぎたら“ゆっくりいけ”という言葉でサインを送らないのか。

そうだ。実際に試合前日にもリハーサルを行った。ゲームを計画通り進めるため、すべての準備をした。ところが、試合結果に満足できなかったネットユーザーの怒りがすごかった。喋れなかったんだ。真実かどうかを明らかにすると選手たちとぶつかり合ってしまうので、一切口を閉ざした。

―連盟の指揮部も対応しなかったが。

世論(放送)が偏っていたため、対策のしようがなかった。そのような状況でキム・ボルムが激しく非難された。“そうでない”といったらさらに大騒ぎになった。記者会見のとき、私心なく話しても誰も聞いてくれなかった。

―なぜ追い詰めたと思うのか。

どの団体にも反対勢力というのはいる。私も振り返りたくないが、本当に不思議に思う。残念だ。(サムスンの後援は)莫大なものなのに、私たちが自ら見捨てたのだ。

―選手たちと通話を試みたが、電話に出ない。最近は何をして過ごしているのか。

彼女たち(選手)がこの問題を今後隠していくかはわからない。ただ、今すぐにでも真実を話してあげることが、彼女たちにとって良いことだと思う。そう思わないことが惜しい。私も弁護士を雇って対応しなければならないかと考えたが、苦心の末に去ることを決めた。真実を率直に話すことが勇気のないことなのか、本当に気の毒だ。今は議政府で小さな店を営んでいる。

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