状況はふりだしに戻った。
2020年東京五輪男子サッカー競技の最終エントリーを目指すU-23韓国代表選手たちの争いは、事実上“ゼロベース”となった。
キム・ハクボム監督率いるU-23韓国代表は、今年初めからオリンピックに照準を合わせて“原石の発掘”に注力。1月のU-23アジア選手権では優勝を果たし、東京五輪出場権も手にした。
そして、キム監督は来る7月に開幕予定だった東京五輪に合わせて上昇気流に乗り、プランA・Bの構想を膨らませていた。しかし、新型コロナウイルス感染症の事態がすべての流れをシャットダウンさせた。
3月30日(日本時間)、国際オリンピック委員会(IOC)は、新型コロナの影響で1年程度延期が決まった東京五輪を2021年7月23日に開幕することで確定した。
U-23韓国代表の主力メンバーは2020年最大の目標であったオリンピック本選を考慮し、冬の移籍市場で“活躍できる”新天地を求め、実力を発揮できるチャンスを待ち望んでいた。
しかし、オリンピックのみならずKリーグすらも、新型コロナによってシーズンの開幕が見送られた。この状況下で、誰もが心的に困難な時期を迎えていることだろう。
男子サッカー競技はオリンピックで唯一、“23歳以下限定”という年齢制限が設けられている種目だ。そこにオリンピックの来年開催が決まったことで、本来ならば満23歳に該当するはずの1997年生まれの選手の出場が不透明になっている。
東京五輪の延期決定後、韓国サッカー協会はIOCと国際サッカー連盟(FIFA)、アジアサッカー連盟(AFC)に、「1997年生まれの選手のオリンピック参加資格を保護してほしい」旨の書簡を送った。この事案は韓国のみならず、開催国の日本も含むすべての参加国の関心事だ。
この事案に関する決定権は、オリンピックの男子サッカー競技に年齢制限を導入させたFIFAが事実上掌握している。幸いにも、FIFAは現在の事態の特殊性を考慮し、IOCの立場を最大限考慮する意思を表明している。
IOCは、すでにオリンピック出場権を得ている57%の選手の出場資格を認める立場を明かし、大会名も“2020年東京五輪”で継続することを決めた。
FIFAは東京オリンピック組織委員会やIOCと4月以内に具体的な協議を行い、1997年生まれの選手のオリンピック出場可否を決める予定だ。
延期が決まったオリンピック本選まで、再び与えられた期間は約1年4カ月。キム監督が2020年開催のオリンピックを目標に力を注いできた期間とほぼ変わらない。
つまり、仮に1997年生まれの選手が救済されるとしても、現時点の主力メンバーが来年の最終エントリー18人に含まれている保障はない。
個人種目と比較すると、サッカーといった球技は戦術のトレンドが流動的であり、監督の構想によって先発の顔ぶれも大きく変わる。ここに加えて、この先の期間で主力選手がけがするなどのアクシデントも発生する可能性もある。
安定したコンディション管理で出場機会を確保するベテラン選手と比べると、20代前半の選手は周辺の環境によって調子の波が生まれやすい。
2003年にUAEで開催されたFIFAワールドユース選手権(現・U-20ワールドカップ)。本来3月に予定されていたこの大会は、イラク戦争の影響によって11月に延期となった。しかし、当時は年をまたいでいないにもかかわらず、直前のU-20アジア選手権最終エントリーのメンバーから6人(MF4人、DF2人)も入れ替わった。
U-20ワールドカップは、オリンピックのようにオーバーエイジ枠が設けられていない。尚更、その変化の幅が大きかったといっていいだろう。
これまでキム監督の下で重宝されてきた選手が、今後もチャンスを得ることは間違いない。だが、オリンピックまで時間は多く残されている。新たな代表候補の登場もあるはずだ。
東京行きの飛行機に乗るその瞬間まで、メンバー入りをかけたU-23韓国代表の競争はし烈さを極めることだろう。
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