元京都サンガのファン・ジンソンは現役引退後、どこで何をやっているのか

このエントリーをはてなブックマークに追加

創造的なパスと正確かつ強力なキックを誇った“ファン・カカ”。韓国では誰もがファン・ジンソン(35)をそう呼んだ。

ドリブルからパス、決定力まですべて一流の元ブラジル代表カカにちなんだ、ファン・ジンソンの別名だ。ファン・ジンソンは昨シーズンまで江原FCでプレーし、毎シーズン攻撃ポイントを記録した。健在を見せてくれたファン・ジンソンだが、今年3月に引退を発表し、幼少年指導者の道を選んだ。

ファン・ジンソンは、浦項スティーラースや大邱FC、仁川ユナイテッドFCなどで活躍した先輩カン・ヨンのサッカー教室で、幼少年指導者としての人生を一歩ずつ歩んでいる。7月にオープン予定のソウル江西区「Kリーガー カン・ヨン サッカー教室」3号店を担当することになるファン・ジンソンは、子供たちへの指導から教室の運営まで社会生活を再び学ぶ。

選手ではなく、新しい生活を楽しんでいるファン・ジンソンに会った。

54ゴール、67アシスト。“ファン・カカ”の誇らしい記録

昨シーズンまでKリーグで活躍していただけに、彼を覚えているサッカーファンは多い。Kリーグ通算338試合で54ゴール67アシストを記録したファン・ジンソンは2017年、キム・ヒョンソク、シン・テヨン、キム・ウンジュン、イ・ドングッらに続いて、50ゴール50アシストを記録した9人目の選手となった。

ファン・ジンソンは「惜しい。自分がプレーできなくなったからではなく、これまでの試合であった数々のチャンスが思い出される。ゴール前でミスキックしたこともあるし、クロスバーに嫌われたこともある。そのうちのいくつかが入っていれば、60ゴール60アシストも可能だったはずだ。でも50ゴール50アシストも満足できるし、大した記録だと思う。記録のために2部リーグでプレーしたいとは思わなかった」と述べた。

自分の記録に満足した。2003年のプロデビューから2013年までの11年間、浦項スティーラースでプロ生活をした。彼が浦項のユニホームを着て記録した攻撃ポイントは105(47ゴール58アシスト)で、クラブ歴代最も多い攻撃ポイントだ。

ファン・ジンソンは、「50ゴール50アシストの記録もいいが、浦項の最多攻撃ポイントの記録を持っていることを最も誇りに思う」と笑った。

栄光の瞬間は「韓国代表」と「7回の優勝トロフィー」

偉大な記録を残したスポーツスターは、それぞれ栄光の瞬間を持っている。ファン・ジンソンは、個人的な栄光とチームの栄光を分けて記憶していた。

個人の栄光は、韓国代表の記憶だ。ファン・ジンソンは2012年、チェ・ガンヒ監督が韓国代表の指揮をとっていた当時選抜され、Aマッチに2試合出場した経験がある。

彼は「初めて代表ユニホームを着たときは誇らしかった。国歌を聞く感じが違った。2試合しか出場できず、残念だった。見せたかったことをピッチでしっかりと見せられなかった。爽快にゴールを決めたかったがクロスバーに当たって、突破も思ったよりできずに惜しかった。切実に望んだチャンスが来たのに、自分の思い通りにできず苦しかった」と、残念がった。

それでもファン・ジンソンにとって代表ユニホームを着てプレーした経験は、忘れられない記憶だ。彼は「自分が頑張ったことを認めてもらった感じだった。サッカー選手として代表チームでプレーしたということだけでも、個人的に見たときの栄光」と強調した。

ファン・ジンソンのチームとしての栄光は、浦項時代に成し遂げた7回の優勝(アジア・チャンピオンズリーグ1回、ピースカップ1回、Kリーグ2回、FAカップ3回)だ。歴代の浦項選手として最も多くの攻撃ポイントを残したように、彼は浦項の主要メンバーだった。

ファン・ソンホン監督が浦項を率いた2012年には、12ゴール8アシストを記録して、Kリーグ・ベストイレブンにも選ばれた。ファン・ジンソンは当時について「仲間とみんなで成し遂げた成果であり、うれしいし光栄だった」と評価した。

攻撃ポイント製造機“ファン・カカ”はどう作られたのか

ファン・ジンソンはそのニックネームの通り、技術的に優れた選手だった。

前へ

1 / 2

次へ

RELATION関連記事

PHOTO写真

TOPIC「Netflix韓流トリオ」特集