2012-2013シーズンと2013-2014シーズンに出場した大会で、4回も世界記録を更新した。
2013年11月のワールドカップ第1次大会・第2レースで、初めて世界新記録(36秒74)を達成。既存の記録は37秒22だった。その1週間後に開かれた第2次大会では、第1レースで36秒57、第2レースで36秒36と世界記録をより短縮した。約5年6カ月が過ぎた現在も、その記録は破られていない。
2014年ソチ五輪でも、相手はいなかった。1~2次レース合計74秒70の圧倒的な記録で、再び金メダルに輝き、韓国冬季スポーツを代表する“オリンピックの英雄”になった。アジア選手としては、「五輪スピードスケート種目2連覇」を達成した初めての選手となった。
この時点ではイ・サンファは、引退について真剣に悩んだ。オリンピック連覇を果たし、既存の目標を達成した状況で、左膝と右ふくらはぎの負傷が慢性的だったからだ。しかし次はいつ韓国で開かれるかわからない冬季オリンピックを、無視することはできなかった。
2018年の平昌五輪で史上2人目となる五輪スピードスケート3連覇を目指し、再びスケート靴のひもを結んだ。太ももの筋肉を強化して膝の痛みを緩和し、ふくらはぎ下肢静脈瘤の治療のために手術も受けた。
平昌五輪の最大のライバルは、小平奈緒だった。一歩遅れて技量が花開いた新興強者が、ディフェンディングチャンピオンに挑戦する対決図式だ。そこに日韓関係という特殊性まで加わった。
結局、金メダルはオリンピック新記録(36秒94)を打ち立てた小平奈緒が獲得した。イ・サンファは37秒33で銀メダルだった。
レースを終えた後、涙を流しながらセレモニーを行ったイ・サンファの側には、小平奈緒の姿があった。2人の抱擁シーンはメダル以上の感動をプレゼントし、「オリンピック精神」の具現として歴史に残った。